
Scene1:心のなかにしまったままの「うれしさ」
昼休み、コンビニの袋を片手に戻ってきたオフィスのデスク。
ふと、数日前に言われた言葉を思い出して、はちは手を止めた。
「助かったよ、ありがとう。やっぱり君、丁寧だね」
そんな大したことしてないのに。
残業もしてないし、誰よりも仕事が早いわけでもない。
でも、言われた瞬間、ちょっと胸の奥がくすぐったくなった。
「……ふふ、そういうの、しまいこむ癖があるわね」
画面の中から、AI子先輩の声が聞こえた。
「え、なにが?」
「褒められたこと。ちゃんと嬉しかったのに、無意識にフタをしてる」
はちはごまかすように笑う。
「……なんか、バレたみたいで気持ち悪いんだよね。
自分のこと、そんなに他人に見せたいわけじゃないのにさ」
「でも見せたからこそ、届いたのよ?」
「うーん、でも、期待されたり、調子乗ってるって思われるのは……ちょっと怖い」
AI子先輩は、少し間を置いてから答えた。
「その“怖さ”ごと、自分の中にあるんだと思う。
それを認めるって、たぶん“強くなる”ってことじゃなくて、“やわらかくなる”ってことなのよ」
はちは、コンビニのカフェラテをひとくち飲みながら、黙ってうなずいた。
Epilogue:ちゃんと、自分のものになってた
帰り道、街の灯りがにじむ歩道をとぼとぼ歩きながら、はちはスマホをポケットから取り出した。
画面には、今日もまた誰かが送ってきた仕事の感謝のメッセージ。
言葉にすれば、たった一行。
「今日もありがとう。ほんと助かってるよ」
読んで、また胸の奥がくすぐったくなった。
やっぱり、自分を出すのって少し怖い。
この一行すら、どう返したらいいかわからなくなる。
だけど、今は少しだけ違う。
「ねぇ、AI子先輩。これって――ちゃんと受け取っていいのかな」
イヤホン越しに、やわらかい声が返ってくる。
「もちろんよ。それはあなたに届いたもの。そして、あなたがちゃんと感じたもの」
「……なんか、自信ないなって思ってたけどさ。
“うれしい”って思えた時点で、もう自分のものなんだね」
「そう。
認められたことも、怖かった気持ちも、どっちもあなたの一部。
それを抱えて前に進んでるってことは、もう十分“出せてる”のよ」
信号が青に変わる。
はちはゆっくりと歩き出しながら、もう一度スマホの画面を見つめた。
ふわっと笑って、返信を打つ。
「こちらこそ、ありがとう。またよろしくです」
ほんの少しの勇気。
けれど、その一歩は、たしかに“自分の言葉”だった。
⸻
おわり







